社会学の作法・初級編【改訂版】
社会学の作法・中級編のために(1999年改訂版を2000年5月4日改訂)
本書でふれなかった古典の読書・外書講読・卒業論文・大学院入試などは、いわば「社会学の作法・中級編」である。そのため本書ではあえてそれらに言及するのを避けている。
そもそもわたしが本書を企画した動機は、当時市販されているマニュアルが、学び始めたばかりの初級者にとって、いささか敷居が高いという現実にあった。大学での指導にしても、教員の要求する水準がプロ級に高いため学生がついていけず、結果的に虻蜂とらずに終わってきたところがあったと思う。たとえば「卒論となると、たんに文献を要約しただけではダメだ。批判的に読んで自分なりに考察しなければ論文とは言えない」と要求しても、それ以前に読書する習慣さえない学生には無理な注文である。せいぜい主観的な感想なり「いちゃもん」をつけて「オリジナリティ」めいたものを演出するのが関の山であり、結果的にそういう非学問的な要素を「オリジナリティ」として評価せざるをえないという淋しい現実を生むだけである。
わたしの実感では、現代学生の器用さはかなり高い。現代学生が社会学のイニシャル・ステップに失敗してきたとすれば、それはある程度まで教える側の責任ではないかとも思う。それゆえプライマリ・ケアが必要だ考えたのである。だからこの本ではごくごく初歩的なアドバイスにとどめ、あまり多くのことを述べないようにしてきた。そのかわり、まずはそれらをきちんとこなしてほしいということだ。
しかし、いつまでもこの段階にとどまる必要はない。ある程度の自信がついたら、本書から離れ、どんどん掟破りをしながら、自分なりの流儀をつくりあげていっていただきたいと思う。そしてさらに自分のワンパターンをもくずしていこう。
というわけで、そのような中級編へ離陸する方々のための水先案内役として若干の読書案内をしておこう。なお、我田引水だが本書の姉妹編も含まれている。(一九九八年末現在)
学問あるいは〈ことばの闘争〉について
遙洋子『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(筑摩書房2000年)。
東大の上野ゼミに学んだタレントの遙洋子さんの社会学体験記。ゼミとは何か、学問的討議とは何か、知るとは何か、社会学とは何か、フェミニズムとは何か、そしてことばの重みについて考えた記録。ことばを軽く聞き流してしまうくせを身につけてしまったすべての現代学生にまずは読んでいただきたいと思う。
社会学文献案内
見田宗介・上野千鶴子・内田隆三・佐藤健二・吉見俊哉・大澤真幸編『社会学文献事典』(弘文堂一九九八年)。
社会学の重要文献約千点を著者・訳者自身が要約した画期的な事典。なじみのない分野の基本文献をさぐるのに便利。高価だが手元に置いておきたい事典である。
野村一夫『社会学感覚【増補版】』(文化書房博文社一九九八年)。
社会学文献案内を意図した社会学概説書。増補版で「ブックガイド・九〇年代の社会と社会学」が加わった。
研究総論
高橋順一・渡辺文夫・大渕憲一編著『人間科学研究法ハンドブック』(ナカニシヤ出版1998年)。
社会学と心理学あたりに照準をすえた研究法です。観察・面接・実験・フィールドワークなどを網羅しています。内容分析や談話分析も解説した、かなり充実した内容です。
栗田宣義編『メソッド/社会学――現代社会を測定する』(川島書店1996年)。
多変量解析からエスノメソドロジー、内容分析、生活史法、歴史的資料分析など、小著ながら目配りの効いた解説。
本の読み方
M・J・アドラー、C・V・ドーレン『本を読む本』外山滋比古・槙未知子訳(講談社学術文庫一九九七年)。
本の読み方もいろいろ。初級読書、点検読書、分析読書、シントピカル読書(同一主題について二冊以上の本を読むこと)に水準をわけて、それぞれの読書技術について説明している。卒論研究を視野においた読書法として最適。
思考法
苅谷剛彦『知的複眼思考法』(講談社一九九六年)。
ステレオタイプにはまらない柔軟な考え方をするには、どんなところに気をつけなければならないかを懇切丁寧に説明した本。
高根正昭『創造の方法学』(講談社現代新書一九七九年)。
一般的なタイトルだが、これはほぼ社会学の本。社会学研究探検記といった感じの読み物で、著名な社会学者が多数登場する。
小林淳一・木村邦博編著『考える社会学』(ミネルヴァ書房一九九一年)。
モデル・スペキュレーションによる思考法中心の社会学テキスト。モデルを仮説として用いて思考する仕方を具体的論点に即して解説したもの。関連書として、チャールズ・A・レイブ、ジェームズ・G・マーチ『社会科学のためのモデル入門』佐藤嘉倫・大澤定順・都築一治訳(ハーベスト社一九九一年)がある。こちらは「考える」という点ではかなり徹底している。
社会調査論
石川淳志・佐藤健二・山田一成編『見えないものを見る力【社会調査という認識】』(八千代出版一九九八年)。
非常に広い範囲でとらえられた「社会調査」についての概説書で、「社会学の作法・中級編」に相当するような本である。
森岡清志編著『ガイドブック社会調査』(日本評論社一九九八年)。
じっさいに社会調査をおこなおうとするとき経なければならないプロセスを順々に解説し、各段階で生じる問題と対処の仕方をていねいに解説したガイドブック。教育的配慮と実践的ノウハウに満ちた新世代の基本書。
理論構築の方法
B・G・グレイザー、A・L・ストラウス『データ対話型理論の発見――調査からいかに理論をうみだすか』(新曜社一九九六年)。
質的データから理論構築するための方法を解説した基本書。「データ対話型理論」と訳されている「グラウンディッド・セオリー」は、まっとうなスタイルで、かつそれなりに実際的な方法論だと思う。関連書として、Barney G. Glaser, Anselm L. Strauss『死のアウェアネス理論と看護――死の認識と終末期ケア』木下康仁訳(医学書院一九八八年)。こちらは「データ対話型理論」の応用研究にあたる。なお「グラウンディッド・セオリー」というネーミングは「グランド・セオリー」(誇大理論)をもじったもの。ちなみに、かれらによるとマートンの「中範囲の理論」でさえデータに忠実とはいえない、グランド・セオリーがデータの解釈を支配しているという。
質的調査法
北澤毅・古賀正義編著『〈社会〉を読み解く技法』(福村出版一九九七年)。
卒論や修論のために調査するといっても、費用のかかる量的な調査は困難だ。仕方なく既存の大規模調査を駆使して論文を書いたりするわけだが、やはり自分で調査した方がインパクトのある論文になる。そこでひとつの落としどころとなるのは、データの量ではなく質にこだわった調査をすること。インタビュー、参与観察、ドキュメント分析、音声データ、映像データなどの質的データを収集し、それを理論的に裏付けのある方法で分析する。この本は、教育社会学や構築主義やエスノメソドロジーの研究者による質的調査法のテキスト。
フィールドワーク
佐藤郁哉『フィールドワーク――書を持って街に出よう』(新曜社一九九二年)。
『暴走族のエスノグラフィ』の著者による、この分野の基本書。入門的に書かれている。
須藤健一編『フィールドワークを歩く――文科系研究者の知識と経験』(嵯峨野書房一九九六年)。
若手研究者のフィールドワーク体験を集めたもの。こういうものから入った方が調査意欲がわいてくるはず。やる気のでる本。
R・エマーソン、R・フレッツ、L・ショウ『方法としてのフィールドノート――現地取材から物語(ストーリー)作成まで』佐藤郁哉・好井裕明・山田富秋訳(新曜社一九九八年)。
さらに一歩踏み出して、具体的な作業について論じた決定版。
ライフヒストリー研究(生活史調査)
ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー『心の習慣──アメリカ個人主義のゆくえ』島薗進・中村圭志訳(みすず書房一九九一年)。
いわゆる「普通の市民」をインタビューして、その思想的世界を再構成して分析した研究。同様の手法を用いた研究として、福岡安則『在日韓国・朝鮮人--若い世代のアイデンティティ』(中公新書一九九三年)もある。ライフヒストリーといえば特徴のある特定人物の伝記的事実の掘り起こしという意味が強いが、複数の普通の人たちを対象におこなうやり方もあるはずで、その意味ではいずれも模範的なライフヒストリー研究。見本として利用するとよい。
計量系調査研究
末永俊郎編『社会心理学研究入門』(東京大学出版会一九八七年)。
実験的条件を操作して観察結果を計量的に処理する分野もある。心理学的方法に準拠する社会心理学はその典型だが、この本はその系統の標準マニュアル。広告・メディア・政治意識などの行動科学系の研究に役立つ。
内容分析
クラウス・クリッペンドルフ『メッセージ分析の技法――「内容分析」への招待』三上俊治・椎野信雄・橋元良明訳(剄草書房1989年)。
新聞記事や雑誌記事などの研究に内容分析というのがある。日本では貴重なその解説書。
論文を書く
ハワード・S・ベッカー(+パメラ・リチャーズ)『論文の技法』佐野敏行訳(講談社学術文庫一九九六年)。
著者は逸脱行動論とレイベリング・セオリーで有名な社会学者。なぜ論文を書くのか、論文を書くさいに生じる恐怖といかにしてつきあっていくか――そんな論文執筆の動機づけと覚悟と指針を与えてくれる本。マニュアルではないが、何度読んでも発見がある。
花井等・若松篤『論文の書き方マニュアル――ステップ式リサーチ戦略のすすめ』(有斐閣アルマ一九九七年)。
国際政治学者がまとめた論文執筆マニュアル。論文作成の全プロセスについて丹念に説明している。この種のもので他に入手しやすいものとして、澤田昭夫『論文の書き方』『論文のレトリック』(ともに講談社学術文庫)があるが、社会学系には向かないと思う。厳しすぎる論文作法はエスタブリッシュな知には向くが、それをはみ出すことの多い社会学や社会理論にとっては足手まといになることもある。
ウンベルト・エコ『論文作法――調査・研究・執筆の技術と手順』谷口勇訳(而立書房一九九一年)。
これは人文学系だが、マニュアルを超えてエコの蘊蓄に魅力を感じる本。
パソコンを利用した論文作成
中尾浩・伊藤直哉・逸見龍生『マッキントッシュによる人文系論文作法』(夏目書房一九九五年)。中尾浩・伊藤直哉『Windows95版 人文系論文作法』(夏目書房一九九八年)。
いずれもパソコンをかなり高度に利用した論文作成論。人文系ではあるが、多言語のあつかいやデータの処理などヒントが多い。
論文スタイル
日本社会学会編集委員会「社会学評論スタイルガイド」(http://www.kyy.saitama-u.ac.jp/~fukuoka/JSRstyle.html)
1999年8月に公開された日本社会学会の標準スタイルブック。現在はウェッブ上で公開されている。これから社会学系の論文を書く人は必携。
中村健一『論文執筆ルールブック』(日本エディタースクール出版部一九八八年)。
論文を書くことは特定のスタイルで書くこと。とくに注の書式はややこしいだけに統一しておかなければならない。同じ日本エディタースクール出版部の斉藤孝『学術論文の技法』がこの領域では定番だが、『論文執筆ルールブック』の方が格段にわかりやすく、いざというときにも調べやすい。
ジョセフ・ジバルディ『MLA英語論文の手引 第4版』原田敬一訳編(北星堂書店一九九七年)。
こちらは人文学系の標準書式を説明したマニュアル。MLA方式は人文系では標準のものだが、社会学系の主流とは少し流儀がちがう。ただ、このマニュアルはかなりディテールまで指定しているので案外頼りになる。
用語法
『記者ハンドブック--用字用語の正しい知識』(共同通信社・年刊)。
国語的な意味での用語法は、このあたりに準拠するのが無難。
森岡清美・塩原勉・本間康平(編集代表)『新社会学事典』(有斐閣一九九三年)。
人名や概念の表記で迷ったときは、専門事典に準拠して統一するのがもっともかんたんな方法。社会学ではこの事典。この種の専門事典は図書館の参考図書コーナーにある。
本づくり
『標準 編集必携』(日本エディタースクール一九八七年)。
印刷製本して報告書を作成するときに役立つ。この本程度の知識があれば版元や印刷所との意思疎通もうまくいくだろうし、こちらの要望も伝わりやすいはず。
研究生活構築術
坪田一男『理系のための研究生活ガイド――テーマの選び方から留学の手続きまで』(講談社ブルーバックス一九九七年)。
このテーマでは、板坂元・加藤秀俊・梅棹忠夫・野口悠紀雄といった著者たちのものが定番だが、いまどきの研究生活はずいぶん変わってきたように思う。一九五五年生まれの著者によるこの本はちょうど今のスタンダードな研究生活のありようを示していて、かえって参考になる。理系用ではあるが、社会学系もすでにこんなスタイルになっているということだ。
研究計画書の作成
妹尾堅一郎『研究計画書の考え方――大学院を目指す人のために』(ダイヤモンド社1999年)。
大学院入学したい社会人のためのマニュアル。150ページほどの研究計画の立て方に、200ページ以上の事例集がつづく。経営学ないし経営情報論なとが中心だが、広く社会系にも参考になる。事例集のコメントは教員の指導用参考書としても活用できそう。
社会学を学ぶ意味
野村一夫『リフレクション――社会学的な感受性へ』(文化書房博文社一九九四年)。
本書の姉妹編。本書ではかんたんに説明した「社会学の社会的意義」について詳しく考察した、新しいスタイルの社会学概論。
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